まわり道だって、いつか1本の線になる。 元会社員の漫画家・うえはらけいたの“過去の夢を描き直す”生き方
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まわり道だって、いつか1本の線になる。 元会社員の漫画家・うえはらけいたの“過去の夢を描き直す”生き方
漫画家うえはらけいた

かつて思い描いたけれど、いつしか諦めたり、忘れたりしてしまった夢や目標。当時は手が届かないものだったそれらを、今ふたたびながめてみれば、過去とは違う解像度でみえてくるかもしれない。

そう気づかせてくれるような人生を歩んできたのが、漫画家のうえはらけいたさんです。

『ゾワワの神様』や『アバウトアヒーロー 』などの作品で知られるうえはらさんは、コピーライターとして勤務していた大手広告会社を退職し、美大に編入。その後漫画家として独立したという、異色の経歴の持ち主。

漫画家になるという夢がしぼんでしまった時期がありながら、今では新進気鋭の漫画家として活躍するうえはらさんの、“過去の夢を描き直す”生き方とは?

家でずっと絵を描いていた幼少期

-うえはらさんが漫画家になろうと思ったのはいつだったんですか?

うえはら:子どもの頃からの夢だったんです。小1の時に、お母さんが『名探偵コナン』を買ってきて。コナン読んだことあります?

-はい、もちろん。

うえはら:コナンって面白いじゃないですか。あと、『鉄腕アトム』なんかも買ってきて。 それからはもう、漫画が大好きになって、模写ばっかりしてました。僕、身体がすごく弱くて、外で運動ができないタイプだったので、家でずっと絵を描いてたんですよ。


-それからずっと漫画家を目指して?

うえはら:いや、高校ぐらいで、なんか絵から離れちゃったんですよね。こじれちゃったというか…うまく言えないんですけど。

-そうかぁ。どうしてだったんですかね。

うえはら:なんでなんでしょうねぇ…。まぁ、高校くらいになると、自分より絵が上手い人がいるってだんだんわかってくるじゃないですか。で、「自分は続けてもしょうがない」みたいな感じになっちゃったのかもしれないですね。

CMでストーリーを摂取していた

-じゃあ、高校の時はぜんぜん絵を描いてなかったんですね。

うえはら:はい。もう、高校がね、暗黒時代すぎて。帰宅部だったし、何もしてなかったです。友達も全然いなかったですね。

授業中、ずっと寝てるんですよ。で、 学校終わってから家に帰って、もう1回寝るような生活。唯一やってたのが、テレビをずっと観ることで。

-テレビを。

うえはら:はい。僕、CMがめちゃくちゃ好きで。なぜか番組本編より好きだったんです(笑)。CMだけ録りためたビデオを自分でつくったり。

-ええ〜、それはガチだ!どんなCMが好きだったんですか?

うえはら:一番好きなCMが、ACの『黒い絵』っていう。

-あ〜、覚えてます!画用紙を黒く塗りつぶし続ける小学生の男の子と、それをとりまく大人たちを描いた、「子どもから想像力を奪わないでください」というメッセージがこめられた作品ですよね。

うえはら:そうです、そうです。ああいうストーリー性があるものが好きで。というかたぶん、CM自体というよりストーリーというものが好きだったのかな。

僕、当時は出無精だったから、あんまり映画を観にいく習慣もなかったんですね。その点、CMって短い尺でストーリーを摂取できる格好の媒体じゃないですか。多分それでCMを好きになったんでしょうね。

「一生この会社にいれるな」と思っていた

うえはら:大学は、近くて受かったから選んだんです。 僕が入った大学って、最初は全員同じ学部で、3年生の時にどの分野を選ぶかを決めるんですよ。

だから、人生の決断を先送りできたんです。大学に入るときは自分が将来なにをしたいかなんて、ぜんぜん決められなくて。まぁ、本当は絵を描きたいんだけど、無理だな、と思ってたので。

-大学に入る前に将来のことをイメージするの、なかなか難しいですよね。大学では日々を送っていたんですか?

うえはら:高校時代になにもしなかったことへの反省もあったので、学園祭の実行委員会に入ったんですよ。実行委員会って、意外と一年中やることがあって。学園祭の準備とか、 学外との交渉とか。

3年の時には一応委員長になったので、80人くらいの面倒をみる立場になって。会社の管理職みたいなことをやってました。

-Proffで書かれていた経歴によると、そんな大学生活を経て、博報堂に入るわけですね。

うえはら:はい。実行委員で企画やものづくりをやってたので、そういう仕事をしたいなと思って、就活はテレビ局とか新聞社とか広告の会社とかをみてました。それで、博報堂に運良く内定をいただけて。

-それで、博報堂でコピーライターに。すみません、コピーライターの仕事ってよくわかってないんですけど、どんなことをやるんですか?

うえはら:わからないですよね(笑)。僕、「コピーライター」っていう肩書きがよくないと思ってまして。

もう、ほぼアイデアマンなんですよ、やることが。もちろん、キャッチコピーとか、文章を書く仕事も 3割ぐらいはあるんですけど。CMの企画を考える仕事が半分ぐらいで、あとは新商品のアイデア考えるとか。

-なるほどなるほど、いろんな企画を考えるわけですね。やってみてどうでしたか?

うえはら:やりがいはめちゃくちゃありましたね。まぁ、最初の3年ぐらいはかなりしんどかったんですけど。土日出社もあるし、徹夜もするし。

でも、いる人がみんな面白いし、仕事のオーダーも大喜利みたいで、楽しかったんです。うん。当時はぜんぜん、「一生この会社にいれるな」と思ってましたね。

デザイナーになるために美大に編入

-だけど、博報堂は4年半でやめることになるわけですか。

うえはら:あ、そうですね。短いですね、今思えば(笑)。

-やめたのは何が理由で?

うえはら:やっぱり、絵を描くことへの未練がずっとあって。就活の時も一瞬、漫画家っていう選択肢が頭をよぎったんですけど。まぁ、具体的に努力を何もしてないから、そもそもなりたいなんて考える段階にないだろうと思って。

で、博報堂で働いてみたら、まわりにデザイナーがいっぱいいたんですよ。その人たちが作業する姿を見ていたので、「なるほど、デザイナーってこういう仕事なのか。頑張れば自分もやれる可能性はあるな」って、少しずつ実感を持ててきたんです。

-その時は漫画家じゃなくて、デザイナーになろうと思ってたんですね。

うえはら:そうですね。絵を描く仕事がしたかったんですけど、漫画家はまだリアリティが持てなくて。一方でデザインだったら、「頑張れば手が届くな」みたいな感じだったので、デザイナーになるために会社を辞めて美大に入ったんです。グラフィックデザイン科に3年次編入で。

で、卒業したらデザイナーになるつもりだったんですけど、大学生活の中で漫画家になりたいっていう気持ちが、どんどん強くなっていってしまって(笑)。

-へえ〜!グラフィックデザイン科だったのに!

うえはら:ねぇ(笑)。僕、3年から編入してるんですけど、4年生ってほんとに自由なんですよ。授業もそんなになくて、卒業制作だけ。

卒業制作は自由で、それぞれが本当につくりたいものをつくるんですけど、僕は「28年ぐらい先延ばしにしてきた漫画っていうものを、今描かないで、いつ描くんだ!」と思って、初めてちゃんと描いたんです。

その時のしっくり感が、まぁすごかったんですよね。

-漫画を描くことに対する、しっくり感。

うえはら:はい。もう、「これだったじゃん!なんでやらなかったの、今まで!」みたいな感覚を、すごく感じて。

まぁ、めちゃめちゃ手こずるところも多かったですけどね。ストーリーをつくったり、コマを割ったり、 吹き出しの位置を考えるみたいな作業は、ほぼ初めてだったので。「漫画家ってこんな難しいことやってるんだ…」っていう気づきはありましたけど。

でも、そういう作業もぜんぜん苦じゃなかったんです。あと、描きたいものがものすごいいっぱい浮かんできて。「この作品でこれ描きたい、それが終わったら次これ描きたい!」っていうアイデアが、ば〜っと出てきたんですよ。

-なんだか、それまで堰き止められてたものが、漫画っていうものと出会って溢れ出だしてきたみたいな。

うえはら:うん。そういう感じはありましたね。

漫画家として独立

-美大を卒業してから、しばらく広告会社でデザイナーをしながら漫画家としても活動したあと、2020年4月にマンガ家として独立したんですよね。二足の草鞋をはき続けるっていう選択肢もあったと思うんですが、どうして独立しようと?

うえはら:多くの人は、ある程度その道で生活できるようになってから会社を辞めるじゃないですか。

僕も一応、生活のために会社員になったんですけど、当時、30歳も過ぎていて、すごく焦ってたんですよ。少しでも早く、漫画に専念して本業にしなきゃいけないって。だから、見切り発車でやめました(笑)。

-見切り発車(笑)。

うえはら:あ、でも、漫画家としてやっていく覚悟を持つための転機になった仕事がひとつありましたね。ポルノグラフィティの展示イベントがあって、その告知ポスターに、バンドの歴史をまとめた漫画を描かせてもらったんです。

-おお〜、それはすごい!当時はまだ実績もなかったわけですよね。

うえはら:そうそう。だから、よくそんな無名の漫画家にやらせてくれたなって感じなんですけど。たまたま僕の漫画が採用されて。

それで、 10ページぐらいの漫画を描いて、それが展示会場に貼り出されて。 来たひとたちがずら〜っと、そのポスターの前に並んで、漫画読んでくれてるんですね。別に僕の漫画目当てじゃなくて、ポルノグラフィティが目当てなんですけど。

でも、その姿を見た時に、「あ、これは僕は漫画を描くべきだな」って思ったし、「ちゃんと漫画も仕事になるんだな」っていうのを実感として持てた。あの出来事は、自分の中で大きい転換点だったかなと思います。

すべてのことが伏線になる

うえはら:なんかこうやって人生を振り返ると、今までやってきたことが全部伏線だったんじゃないかと思うんですよ。

-伏線っていうのは?

うえはら:子どもの頃から絵を描いてたことも、CMで描かれるストーリーが好きだったのも、広告会社でストーリーづくりを勉強してたのも、全部漫画を描くためにやってたんじゃないのかって。だから会社員になったのも、今思えば必要な周り道だったと思うんです。

-あぁ、たしかになぁ。それまでの何気ないエピソードが、漫画家になったことで伏線として回収されていった感はありますね。

うえはら:そうそう。当時は自分でも伏線をはってる意識はなかったけど、あとになって伏線として回収できたっていうことが何度もあるんです。

最近知り合いの編集者の人に言われて、なるほど、と思ったのが、「漫画がうまくなってきたら、『これを伏線にしよう』と思って描かなくても、後になって伏線として応用できるようになるよ」と。

-伏線を意図してはるわけじゃないってことですか?

うえはら:そうみたいです。「よし、これは伏線だ!」って描かなくても、リアルな物語を描いていれば、自然と後になって伏線が回収できるものなんだよと。なぜかというと、人間の人生ってそういうものだから

-あぁ〜、なるほど。

うえはら:僕も高校時代に家にこもってCMみてたりとか、会社員になったりとか、ある意味キャリアをとっ散らかしたのが、結果的に伏線になったんです。最初から漫画の道に進んでたら、いま描いてるような会社員を主人公にした漫画を描くっていう発想にはなってなかったと思うので。

-むしろ回り道がないと、のちのち人生にひろがりがなくなってしまうこともありそうですね。ありきたりなストーリーの漫画みたいに。

うえはら:そうですね。そうかもしれません。

-漫画における伏線の話が、キャリアの話と通ずるとは(笑)。

ぐにゃぐにゃに歩んできても、線は繋がっている

-うえはらさんは「履歴書」や、世の中にある「キャリアのレール」みたいなものについて、どう思いますか?

うえはら:実際僕も最初の会社に入って、会社員3年目くらいまでは「レールの上を歩まねば」っていう発想だったんですよ。だから、そんな自分がなぜこんなぐにゃぐにゃの人生になったのか、不思議なんです(笑)。

でも、今ではぜんぜん寄り道していいと思ってます。そのレールって、勝手に自分で敷いてるだけだと思うし。

なんか言葉遊びになっちゃいますけど、僕は割と今でも、1本の線をたどってきてる感覚はあるんです。

-おお。というと?

うえはら:それが一直線のまっすぐな線じゃなくて、ぐにゃぐにゃしてるように見えるけど、 あとから引っ張り上げたら、1本の紐になるみたいな。そういう感覚なんです。

-あぁ〜!なるほど。ぐにゃぐにゃしてるけど線は繋がってるんだと。

うえはら:つながってますよね。キャリアに迷ってた時は、レールから外れる感じもあったから、「こっちに行って大丈夫かな?」みたいな不安がめちゃくちゃあったんですけど。結局繋がって1本になってるんです。

だから、今「こっちに行って大丈夫かな」って不安になってる人も、あんまり気にしなくていいんじゃない?って思います。ちゃんとつながってるから。

今歩んでるレールに少しでも違和感を感じたり、モヤっとする気持ちがあるんだったら、それをできるだけ無視しないのが大事なのかなと思いますね。

-ちょっと気になったんですけど、ぐにゃぐにゃに歩んできても、自然とあとから1本の線になるものなんですかね?それとも意識して1本の線にする作業が必要なのか…

うえはら:あ、それでいうと、うまい漫画家さんは自分がそれまでに描いた話を読み返すらしいんですよ。

そうすると、「自分でも忘れてたけど、ここに出てくるこのキャラクターはそろそろもう1回出した方がいいんじゃないか」みたいになことに気づくそうです。読み返すことで回収できる伏線を見つけるんですね。

-へぇ〜、なるほど!それはキャリアもそうかもしれないですね。これまでの人生を振り返ってみると、「そういえばこれ好きだったから、またやってみよう」とか「あの人と会ってみよう」とか、気づけることがある気がします。

うえはら:うん。そういうことってあると思うんですよね、漫画でも人生でも。

働く人を勇気づける漫画を描きたい

-今後やってみたいことはなにかありますか?

うえはら:会社員を経験してる漫画家って、増えてきてはいるんですけど、まだ漫画家全体的からしたら少ないんです。でも、読者のなかには結構な割合で、会社で働いてる方もいるはずで。

だから、経験者の目線で会社員を励ましたり、勇気づけたりできる漫画を描きたいっていう気持ちはずっとあります。

僕自身、20代の頃は日曜の夜が本当に嫌いだったんですよ。

-あー、いやですよね。「サザエさん症候群」なんて言葉もありますけど(笑)。

うえはら:そうそう。僕は「サザエさん症候群」の末期患者だったので(笑)。そのつらさを少しでも和らげられるような漫画とか、仕事に対して少しでも前向きになれる漫画を描けたら、目先の1つの目標は達成だなって思ってます。

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