「好き」を言えない苦悩の先に、人生を変える出会いが待っていた。 フルーツサンド職人・西村隆ノ介の“みんなの「好き」を肯定する”生き方
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「好き」を言えない苦悩の先に、人生を変える出会いが待っていた。 フルーツサンド職人・西村隆ノ介の“みんなの「好き」を肯定する”生き方
フルーツサンド職人西村隆ノ介

赤青ピンク、黄色にオレンジ…。あざやかな色彩に誘われるがままにひとくち頬張れば、美味しくて、身体にもやさしい。

彼がつくるフルーツサンドたちは、それぞれの個性を謳歌していて、眺めていると「私を見て!」という声が聞こえてくるような気さえしてきます。

西村さんがつくるフルーツサンド(画像提供:西村さん)

そんなユニークなフルーツサンドをつくるのは、「フルーツサンド職人」、西村隆ノ介さん。西村さんが個性豊かなフルーツサンドをつくる背景には、自身が経験してきた「好き」を言えない苦悩と、ある思いが込められているそうです。

西村さんの、“みんなの「好き」を肯定する”生き方とは?

フルーツサンド職人、だけじゃない

(画像提供:西村さん)

–すごい、青い! これ、天然の色ですか?

西村:はい。バタフライピーっていうハーブの色なんです。

–へぇ〜。おもしろい。フルーツサンドってこんなにいろんな種類があるものなんですね。

西村:ありがとうございます! 自分はそのときどきでオリジナルなフルーツサンドをつくってるんですよ。果物を煮詰めたりとか、クリームに色をつけたりとか。あ、色っていっても着色料は使わないんですけど。

–添加物は使わないようにしてるんですか?

西村:はい、できるだけ。生クリームと白砂糖も使ってません。

(フルーツサンドの写真を見せて)これは神保町の本屋さんとコラボしたときのもの。 薄くスライスしたリンゴをいっぱい重ねて、本の小口みたいにして。撮影のスタイリングも撮影も、自分でやったんですよ。

–ぜんぶご自分で。「フルーツサンド職人」たるゆえんですね。

西村:ふふふ!

–フルーツサンド以外にもいろんな活動をしてますよね。

西村:そうですね。撮影のスタイリングをしたり、グラフィックデザインをしたり、文章を書いたり、イベントをやったり…

–自己紹介がむずかしそうだ(笑)。

西村:そうなんですよ(笑)。肩書きは場面に合わせて変えてます。メディアでは「フルーツサンド王子」って呼ばれることが多いですけどね。自分で王子っていうのも恥ずかしいので、自らは名乗ってませんが(笑)

 

原点は、月見団子

–「食」に興味を持つようになったのは、おばあちゃんが旅館を経営していたことがきっかけなんだとか。

西村:はい。母の実家が熊本市の中心地に近い、水前寺っていうとこなんですけど、そこで。自分が生まれたときには、もう旅館はなくってたんですけどね。

うちの母親、3姉妹だったんですけど、おじいちゃんは戦時中に亡くなってるので、おばあちゃんが女手ひとつで姉妹を育てて。

3姉妹は、旅館の1階にある喫茶店で働いてたんです。だから母も調理師免許を持っていて、家でもご飯をたくさんつくってくれました。

それが美味しかったから、「お母さんは料理好きなんだなぁ」と思ってたんです。でも大人になってから聞いたら、「料理は好きじゃない。つくらなきゃいけないからつくってたんだよ」って。

–えー(笑)。

西村:えー、ですよね(笑)。でも、いつも料理をつくってくれてたから、自分も手伝うようになったんです。それで、小学校低学年くらいだったかな。ある日、新聞にお月見団子のレシピが載ってたのをみて、「どうしてもつくりたい!」って思っちゃって。

その日、母は出かける予定があったんです。だから、ひとりで粉をこねて、丸めて、茹でて、 砂糖醤油のタレと、ピーナッツのタレをつくって…。それが料理のスタートでしたね。

 

ものづくりの道へ

–そこから、ストレートに料理の道に進んだわけじゃなかったんですよね。

西村:はい。中学生のころは獣医とか薬剤師に憧れてたんですよ。だけど、高校に入ったら、理系の授業が一気に苦手になってしまって。これは理系に進むのはむりだなぁと。

じゃあ路線変更しようってなって、自分の好きなことはなにか考えたら、ものづくりだったんです。

–ものづくり。

西村:小学生の頃から、図工とか家庭科とか美術の授業が好きだったんですよね。それで選んだのが、東京都立大学、当時は首都大学東京っていいましたけど、そこのシステムデザイン学部。

–美大、ではなく。

西村:あ、僕一浪をしてるんです。現役のとき美大を受けたけど、うまくいかなくて。一応、合格した大学もあったんですけど、第一志望でもなかったし、私立の美大ってお金がかかるので、 親に負担かけちゃうしな、っていうのもあって。

いろいろ調べたら、東京都立大にデザインを学べるコースがあると。しかも都立なので、学費も安い。

–あー、そうか。

西村:で、入ってみたら、カリキュラムが「ひとまず全ジャンルをやる」みたいな感じだったんです。ウェブサイトもつくるし、グラフィックもやるし、家具もつくるし、空間デザインとか人間工学を学んだりもする。時計を解体して部品ごとに図面を描く…みたいなこともやるんです。

で、いろいろやるなかで気づいたのは、自分は図面を描くのはあんまり向いてないっていうこと(笑)。逆に、得意だし好きだったのが、グラフィックデザインだったんですよね。本をつくるとか、ロゴをつくるとか。だからフリーペーパーとかアートブックをけっこうつくってました。

西村さんが卒業制作でつくったアートブック(画像提供:西村さん)

初めて入った会社で、心身ともに限界に

西村:だからグラフィックデザインを仕事にしたくて、就活したんですけど、うまくいかなくて。一旦フリーランスになりました。

–そうだったんですか。てっきり新卒で企業に就職したのかと。

西村:そうそう、就職する前にフリーの時期があったんですよ。で、カフェのメニュー開発とか看板づくりをやってました。そしたら、数か月経ってから、 就活の時に落ちた会社から声をかけてもらって。その会社に就職することになったんです。

だけど、入ってみたら、まさかのウェブデザイナー枠での採用だったんですね。

–あれ? グラフィックデザイナーじゃなくて?

西村:そうなんですよ(笑)。ウェブに関してはそんなに知識がないから、入社してからなかなかついていけなくて。それに、苦手な上司がいたり、当時はまだ働き方改革がさけばれる前だったので、けっこうブラックな働き方をしていたりもして。

当時の自分の場合は、新入社員は朝イチで出社してコピー機とかの準備をして、夜は終電を逃すこともありました。それで、就職から1年くらいたったあるとき、心身ともに限界がきて、会社にいけなくなっちゃったんです。

 

「好きな分野でものづくりがしたい」と気づいた

西村:会社を休職してから、「自分のやりたいことってなんなんだろうなぁ」って、すごく考えるようになりました。

ものづくりは昔から好き。でも、広告の分野は自分には向いてなかったんだってわかったんですね。向いてない分野じゃなくて、好きな分野でものづくりがしたいけど、じゃあその好きな分野ってなんだろう? って考えたんですけど、「食」は昔から好きだなぁと。

–そこでついに、「食」がでてくるんですね。

西村:はい。それで、食の分野で師匠のように思ってた中山晴奈さんっていうフードデザイナーの方に「今、お仕事お休みしてて、今後は食の仕事をしていきたいんです」って相談したんですね。そしたら、当時できたばっかりの「湘南T-SITE」っていう商業施設で食とものづくりのスタジオをつくるから、立ち上げを手伝ってほしいと。

–「湘南T-SITE」。オープン当初から話題になってましたよね。

西村:はい。僕も「やりたい!」と思ったから、会社は辞めることにして。それから、業務委託で施設のPRだったり、ワークショップの講師だったり、デザインまわりをやらせてもらったりするようになりました。「湘南T-SITE」の仕事は、 けっきょく2年ぐらいやりましたね。

–そこから、「食」の分野でものづくりに関わるキャリアを歩むようになったわけですか。

西村:そうですね。そのあとまたご縁があって、「シゴトヒト」っていう会社が運営してる「リトルトーキョー」っていう場所が清澄白河にあるんですけど、その1階にあるスペースで「食の編集者」としてメニュー開発をしたり、イベントの企画、運営をしたりして。それからまたフリーランスになって、今に至ります。

–ご縁が仕事につながっていったんですね。ところで、フルーツサンドは、いつから?

西村:シゴトヒトで社員として働いた、ちょっとあとくらいかな? 7年ほど前から間借りで飲食を提供する活動を始めたんですけど、一番最初に借りたお店のキッチンスペースがめちゃくちゃ狭くて。そのスペースでつくれるもの、なおかつつくり置きができるものを考えてでてきたのが、フルーツサンドだったんです(笑)。

–じゃあ、ほんとうにたまたま。

西村:はい(笑)。今となっては運命的だったなと思います。

 

自分の好きなことを、言えなかった

–西村さんって、フルーツサンド職人とかデザインとかイベントとか、いろんな活動をしてるじゃないですか。

西村:はい。

–それらに共通するものってあるのかな、って気になってるんです。根っこにある思いといいますか。

西村:あ〜。なんでしょうね…。人に喜んでもらうことは昔から好きで、初めて月見団子をつくったときも、「お母さんに美味しいって言ってほしいなぁ」と思ってたんです。

そういう、「だれかに喜んで欲しい」って気持ちは、今でもありますね。フルーツサンドをつくるときもデザインをするときも、だれかに喜んでもらいたくて、やってます。

–人に喜んでもらいたい。フルーツサンドもデザインもイベントも、その手段なんですかね?

西村:うん、そうですね。あとは、この数年は「新しい価値観を提供したい」っていう気持ちも強いかもしれないです。

–新しい価値観を。

西村:僕、「陽キャ」って言われることが多いんですけど、実はあまりコミュニケーションが得意じゃないんですよ(笑)。

–それは意外かもしれない(笑)。

西村:小さい頃から、言いたいことが言えずに、自分のなかでモヤモヤを溜めてしまうことが多かったんです。自分が心から好きだと思うことがあっても、周りの目を気にして言えなかったりとか。

–具体的には、どんなことを言えなかったんですか?

西村:たとえば、自分は小さいころからピンクが好きだったんですね。高校生の時も、ピンクの携帯を持ってたんですけど、まわりから「男がピンク?」みたいな目でみられたりとかして。

当時の自分はそれで尻込みしちゃって、「ピンクが好きだ!」って、自信を持って言えなかったんですよ。

 

いろんな価値観に触れると、生きやすくなる

–今の西村さんは、自分の好きなことを存分に伝えてる気がするんです。なにがきっかけで変わったんですか?

西村:自分のなかですごく大きかったのが、「6curryKITCHEN」との出会いでした。

–あぁ。カレーをきっかけに普段出会わないような人と出会える、会員制のコミュニティですよね。

西村:そうです、そうです。今は運営してる会社が変わって、東京の八重洲と静岡の三島に拠点があるんですけど、僕が初めて参加したのが5年前くらいで。当時は渋谷と恵比寿にお店があったんです。

その場で出会った人たちが、ほんとうに、自分の人生にとって大きな存在になったんですよ。

–どんな方たちだったんですか?

西村:いろんな価値観を持つ人が集まってたんですけど、みんな、誰かが言ったことを否定しないんですね。それどころか、すごく興味を持ってくれて。

たとえば自分が、「年齢や性別を問わず、美容とかファッションとか、楽しんでいいと思う!」って、思い切って話したら、「私もそう思ってたよ!」って言ってくれて。あれは嬉しかったですね。

–それまでは、誰にも話せなかったわけですもんね。

西村:はい。これまで抱え込んでた思いを、みんな肯定してくれたし、自分自身もいろんな価値観に触れる機会にもなって。なんというか、すごく生きやすくなったんです。

–自分の考えも受け止めてもらえて、誰かの考えも受け止められるような関係性があると生きやすくなる、というのは、すごくわかります。「自分の好きなことに正直でいていいんだな」と思えるようになる、というか。

西村:本当にそうなんですよね。だからこそ、もっと多くの人が、いろいろな価値観に触れる機会が増えれば、暮らしやすい世の中になると思うんです。

–うん、うん。そう思います。

西村:そんな「6curry」での経験もあって、「mirrors」っていうイベントを立ち上げたんです。「性別とか年齢を問わず、美容とかファッションって楽しんでいいんだよ!」っていうことを伝えるために。

たとえば、メイクをしたい男性もいれば、メイクをしたくない女性もいるし、ピンクを好きな男性もいますよね。価値観を誰かに押し付ける、みたいなのはしたくないけど、「こういう価値観もあるんだよ」って知って欲しくて。

「mirrors」の様子(画像提供:西村さん)

–素敵なイベントだなぁ。

西村:コロナの影響もあって、もう「mirrors」は開催してないんですけどね。最後に東京でリアルイベントをやったとき、北海道から参加してくれてた方もいたんです。

–え! イベントのために東京に?!

西村:そうみたいです。「どうして来てくれたの?」って聞いたら、「それまでずっとオンラインで参加していて、すごい勇気をもらってきたんです」って言ってくれて。

まさにその、「勇気を持ってもらう」っていうことが、自分がやりたかったことなんです。その方、この前もフルーツサンドのイベントをやったとき、食べに来てくれて。今は東京に出てきてお仕事してるらしいです。そういう話を聞けるのは嬉しいですね。

–すごくいい話だなぁ。「いろんな価値観に触れる機会をつくる」っていう思いは、イベント以外の仕事でも西村さんの根っこにあるんですか?

西村:そうかもしれないです。たとえばデザインの仕事にしても、その会社が取り組んでいることに共感してご一緒してるので。デザインを通じてその会社の価値観を届けるお手伝いをしてるっていう意味では、共通してるな、と思います。

 

フルーツサンドを通じて、多様な価値観に触れる機会を

–今回スマート履歴書「プロフ」をつくっていただきました。西村さんは履歴書とか、世の中にあるキャリアのレール、みたいなものについてなにか思うことはありますか?

西村:あー、なんだろうなぁ…。

たとえば僕が広告制作会社で働き続けてたとしたら、レールに自分をはめ込んで、「仕事で成果を出すために、自分のやりたいこともセーブする」って考えになっていたかもしれないと思います。

その環境ではその価値観が正しいと信じられているので、他の選択肢に気づけなかったかもしれない。

–そうか。居場所がひとつしかないと、そこでの価値観がすべてになってしまいがちですよね。

西村:はい。だから、フルーツサンド職人の活動でも、対面でのコミュニケーションを大事にしてるんです。

会話して、その人の価値観について聞いたり、「この人と話が合うかも知れないよ」ってつないだり。そういう、食べる以外の楽しさとか、幸せ、みたいなものも提供できたらいいなって。

–フルーツサンド職人の活動も、「いろんな価値観に触れる機会づくり」でもあるんですね。

西村:そうなんですよね。だからこそ、フルーツサンド職人の活動は長く続けていきたいなって思っています。

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