「あなただけの履歴書を、つくってみてくれませんか?」
Proff Magazineでは、履歴書の自由なあり方を考えるために、さまざまな分野で活躍する方にそんなお願いをしてみることにしました。
今回お願いしたのは、絵本作家の吉家千陽さん。
就活での挫折、エンジニアとしての会社員経験、偶然の出会いがもたらした絵本作家デビュー……。吉家さんが大切にする、「いつか誰かに認めてもらえるはず」という受け身の姿勢から卒業して野心家になる、“脱・シンデレラ症候群”の生き方とは?
●Instagram:https://www.instagram.com/chiharu.yoshiie/
●Facebook:https://www.facebook.com/yoshiiechiharu/
●Twitter:https://twitter.com/YoshiieChiharu
●note:https://note.com/ehonya プロフをみる
絵本作家とブックデザイナーの一人二役ユニット
-現在の仕事について教えてください。
吉家千陽(以下、吉家):空想繪本屋という、絵本作家とブックデザイナーの一人二役ユニットをやっています。絵本作家とイラストレーターの仕事は吉家千陽として、ブックデザイナーの仕事は梅垣陽子として名前を使い分けて活動していて。
絵本作家としては、2018年にデビュー作の『野心家の葡萄』を出版しました。果物屋の店主に大切に育てられた葡萄が、自分の現状に満足できずに野心を燃やして旅に出る物語です。ストーリーを考えてイラストを描き、装丁などのデザインも自分で担当しました。
吉家:ブックデザイナーとしては、最近だとまつざわくみさんの『ちいさなみずたまり』を手掛けました。自分の作品だけでなく、他の絵本作家さんの作品にも携わらせてもらっているんです。
吉家:その他には、社会人生活の中で身に付けたスキルを活かして、フリーランスでWEB制作を行っています。絵本の仕事だけで食べていくのってなかなか難しいので、やりたい仕事をライフワーク、生きていくための仕事をライスワークという位置付けにして、両軸で活動しています。
“脱・シンデレラ症候群”
-絵本作家に憧れる方も多いと思いますが、吉家さんはどんな経緯でその仕事を始めたんですか?
吉家:私は小さな頃から絵を描くことや物語を空想することが好きで、ずっと絵本に関わる仕事を夢見ていたんです。大学は絵本の黄金時代があるロシアについて学びたくて、ロシア語学科を選びました。
でも、就活で出版社を受けたらあえなく撃沈してしまって……。休学をして、文系でもものづくりができる職種を考えた結果、一年遅れでエンジニアになったんです。語学が好きだったので、プログラミング言語であるJava言語を勉強してみたいという気持ちもありました(笑)。
それからは、プログラミングやWEB制作の仕事をしていたので、「絵本を作りたい」と心の中で思うだけだったんです。でも、本当に絵本を作りたいんだったら、自分で作っちゃえばいいかなって。
吉家:現実的に、企画の持ち込みを受け付けている出版社って少ないし、忙しく働いている編集者さんと出会える機会もなかなか無い。絵本のコンクールにも何千作品という応募があるし、受賞できても出版されるとは限らないので……。そうした状況のなかで絵本作家として誰かに認めてもらってデビューできるのって、かなり稀なことなんですよ。
-かなり狭き門なのですね。
吉家:そうなんです。でもいまの時代、デザインツールがすごく安価になっていて、絵本づくりのノウハウを教えてくれる講座も増えてきたし、作品もECサイトで販売できるじゃないですか。
就活で挫折したけど、「手軽にクリエイティブなことをはじめられるんだから、選ばれるのを待つんじゃなくて自分で作ればいいんだ」ということに気付いて。働きながら絵本の学校に通って、卒業制作として作ったのが『野心家の葡萄』でした。
私はキャリアを築く上で、この「いつか誰かに認めてもらえるはずだ」っていう受け身の姿勢から卒業する、“脱・シンデレラ症候群”という考え方を大事にしています。人間って波があるからいつも頑張れるわけじゃないし、怠けながら「誰か自分を見つけてくれないかな」って思いたくなっちゃう時もあるけど、そういうときは「あー、いまシンデレラ症候群だから抜け出さなきゃな」と自分を奮い立たせるようにしているんです。
会社の外に出て、デジタルから紙へ方向転換
-脱・シンデレラ症候群、心に刺さります……。
吉家:自分がおめでたい性格だったのかもしれないですけど、子どもの頃はアニメの影響で「もしかしたら私はヒロインなのかも」とか「どこかの国のお姫様なんじゃないか」と思ってたんですよ(笑)。
学生時代も、就活まではあまり挫折を経験していなかったこともあって、「何もしなくても自分は選ばれるだろう」と信じていたというか……。大した努力もしていないくせに、頑張った気になっていたところがあったんですよね。でもそれって、小さい子が「いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる」と信じているのと同じじゃないですか。
-人生を変えてくれる出来事が起こることを期待してしまうんですよね。
吉家:あと、これは幼稚園の時の話なんですけど、ものすごく暑い日に通園バスに乗ったことがあって。先生に窓を開けてもらいたくて、そういう素振りを見せていたんですけど、全然伝わらなかったんです。「なんでだろう?」と考えた時に、「あ、私窓を開けてほしいって言ってなかったな」と気付いて。
馬鹿みたいな話なんですけど、本当に声を出すのを忘れていたんです(笑)。それと同じように、周りが自分の望みを感じ取って差し出してくれることなんてないじゃないですか。だからいまはやりたいことは口に出すし、それに見合うスキルを磨くようにしていますね。
新卒で入った会社では、実績がなくてデザインに関わる部署に異動できなかったので、自主的にWEBデザインの学校に通ったし、絵本の学校も「やりたい!」と思った瞬間に申し込みました。こういう直感や熱量はすごく大事にしています。
-会社の外に出て夢を掴みにいったのですね。でも、なぜ卒業制作の作品が出版されることになったのでしょうか?
吉家:20代後半になって、改めて絵本に関わる仕事がしたいと思った時に、いろんなイベントに通ったり情報収集をしたりしていたんです。その時にニジノ絵本屋という都立大学駅にある絵本専門店のことを知って。
吉家:代表のいしいあやさんと、イベントに参加したり、イタリアで開催される絵本の見本市などでお話したりするうちに仲良くなったんです。転職したいとか具体的なことは全く考えていなかったんですけど、小さな絵本屋で大変そうだったので「何か手伝えることがあったら手伝うよ」と話したら、「じゃあ、作家兼デザイナーとしてニジノ絵本屋に入ってほしい」と言ってくれて。そこで『野心家の葡萄』の出版が決まりました。
Will・Can・Mustの3つの輪が自分をここまで運んでくれた
-すごいタイミングというか、そんなことってあるのですね。
吉家:びっくりしましたね(笑)。人生何が起こるかわからないなって。でもいしいさんは100%直感型というか、まずは人から入るタイプなので、一緒に働くことが決まった後に「じゃあうちでどんなことができる?」って聞かれて。普通の面接って、自分のスキルを提示してから話が進むと思うんですけど、順番が逆だったんですよね。
-ええ?! かなりユニークな採用のしかたですね。
吉家:その時に悩んで描いたのがこの図でした。自分に何ができるのか、これからどんなふうに関っていきたいのかを可視化して、一緒に業務のすり合わせをしたんです。
-これは何ですか?
吉家:自己分析やキャリアの棚卸しをする上で役に立つフレームワークです。Will(やりたいこと)・Can(できること)・Must(するべきこと)を書き出して整理したものなのですが、「3つの輪が重なるような状態で仕事ができると、やりがいを感じられる」と言われていて。
さらに最初のWillがCanになって、やがてMustになる頃には、また新たなWillが生まれているので、キャリアのステージアップにもつながるんですよね。この3つの輪を意識すれば、自分だけじゃなくて採用する側も幸せだと思うので、いしいさんにもお見せしたし、今回プロフにもいまの私のWill・Can・Mustを載せてみました。
不特定多数の人に見てもらうことで、自覚できていないCanに気付けたり、誰かと一緒にMustを描けたりするかもしれないので、履歴書の項目に入れると可能性が広がりそうだなと思います。
-何がきっかけでこの図を使うようになったのでしょうか?
吉家:ニジノ絵本屋は4社目なんですけど、新卒で入った会社の3年目の研修でこのフレームワークを使ったんです。その時に「いまの私は3つの輪に全く接点がないんだ!」と気付いて。
当時は目の前のことを必死に頑張っていたし、同僚にも恵まれていたけれど、自分のキャリアがどこに向かっているのかわからなくて、夜中に一人で泣くこともありました。だからこそ、キャリアを築く上で3つの輪の重なりを意識するようになったし、人生の節目節目で更新するようにしています。
-こんなふうに自分でキャリアの棚卸しをして、次の一手を考えられたら、人生が豊かになりそうですね。
吉家:この3つの輪が私をここまで運んできてくれたと思っています。周りから見たらいわゆるジョブホッパーなのかもしれないですけど、働き方を自由に選べる時代だし、全てが「絵本に関わりたい」という夢につながっているので、1ミリも後悔はしていなくて。
むしろすぐに夢を叶えようと焦らなくてもいいんじゃないかな。人生は長いから、いつかどこかで伏線を回収できると信じているし、置かれた状況の中で「次はどうしていきたいか」を深掘りするようにしています。
物語が生まれる前のストーリーを大切にする
-ブックデザイナーとしてはどんなことを大事にされているんですか?
吉家:「物語が生まれる前のストーリーを大切にする」ということですね。2018年に、頑張っている女性たちの心を優しく包み込むような『COFFEE TIME -珈琲とめぐる毎日-』という絵本に携わったのですが、作者のナカセコエミコさんは普段は本の書評などを書かれている方で。
吉家:もともとは銀行や一般企業で働いていたのですが、昇進して管理職になったときに「自分のロールモデルになる人がいないな」と感じたそうなんです。メディアに出てくるようなスーパーウーマンじゃなくて、等身大のロールモデルが欲しいと。だからご自身は、大人の女性にとってのロールモデルがわりとして「本」を提案しようと、キャリアやメンタルケアに役に立つ本などを紹介する書評家・選書家に転身されたんですよね。
-それでロールモデルのひとつとして、ほっと一息つけるような絵本を出版したいと。
吉家:はい。その話を聞いたときに、「絵本って一つの物語だけど、その物語が生まれる前のストーリーがあるんだな」と改めて気付いて。なので制作の過程で、背景にある思いや出来事にも耳を傾けて、装丁などに反映させるようにしています。
世の中に素敵なブックデザイナーさんがたくさんいる中で、じゃあ自分はどんな存在でありたいのかと見つめ直すと、そういうものを大切にしながら絵本を作りたいなって思いが湧いてくるんですよね。
“永遠のジェネラリスト”として絵本に関わり続ける
-最後に、今後の展望を教えてください。
吉家:昨年独立したので、これからひとりで本を出版する「ひとり出版社」にチャレンジしてみたいです。未知のことだから不安もありますが、ひとり出版社をされている先輩方も増えてきたし、絵を描くのも物語を考えるのも、ブックデザインや入稿データの作成も、販売のためのWEBサイト制作も自分でできるので。まずは吉家千陽として作品を出すところからはじめたいです。
-全部ご自身でできるって、吉家さんだからこそですよね。
吉家:本当はスペシャリストに憧れるんですけど、私はそうはなれないというか、超器用貧乏なんですよね……。でもそこを前向きにとらえて、永遠のジェネラリストとして自分の総合力で好きなことをやっていこうと思っています。
吉家:私、自分の思考の導線というか、回路を通ってできたものが誰かの心に触れて「これすごくいいね」と言ってもらえる瞬間がすごく嬉しくて。私とその人は他人だから同じ人間にはなれないけど、作ったものを通して心が触れ合うというか、握手できるような感覚があるんですよね。
作品を褒めてもらえるのは私自身を褒めてもらえること以上に嬉しいし、自分の手で生み出すものにはこだわりがあるので、これからも私らしいものづくりを続けていきたいと思っています。