道に散らばる、カン、ペットボトル、プラスチックのカップ……。
さっき家の近くにある自販機の横を通りかかったら、ごみが散乱していました。ごみ箱がないにもかかわらず、飲み終わったあとのごみを、そこに置いていく人がいるのです。
そうした光景を目の当たりにして抱く、「けしからん!」という気持ち。ごみを捨てている人を見たら注意してやろうか、なんて気持ちもふつふつと湧いてきます。
さて世の中に目を向ければ、広がる格差に大気汚染、差別に海洋プラスチックごみ問題にと、世の中の課題は山積み。そうした課題を伝えるニュースに接して、「まったくけしからん!」という気持ちが湧いてくるのは、僕だけではないはずです。
しかし、おそらく彼女はちょっと違います。
さまざまな社会課題にたいして、憤るのではなくて、「楽しく解決しようよ」と呼びかける。自分自身が心から楽しそうに活動する彼女が、なぜそのようなあり方ができるのか、気になっていました。
彼女の名前は、田中美咲さん。2013年に自然災害・防災に特化したソーシャルスタートアップ「一般社団法人防災ガール」を設立し、2020年に解散。その後もファッションブランド「SOLIT!」と、企画・PRの会社「morning after cutting my hair,Inc.」を立ち上げ、社会課題の解決に取り組んでいる連続起業家です。
どうして田中さんは社会課題に対して、楽しそうに向き合いつづけるのか。田中さんの、「社会課題を、ポップに解決する」生き方に迫ります。
どんな身体的特徴や嗜好を持つ人も取り残さないファッションブランド
-現在田中さんは、主に「SOLIT!」と「morning after cutting my hair,Inc.」という2つの活動をしていますよね。それぞれどういう活動なんでしょう? まずは「SOLIT!」について聞かせてください。
田中:はい。「SOLIT!」は、「All inclusive(オール・インクルーシブ)」ファッションブランドです。誰でも着脱しやすくて、部位ごとに好きなサイズや丈を選ぶことができる、セミパーソナライズのファッションを開発しています。
-身体に障がいのある方や認知症の方なども着ることができる「インクルーシブファッション」という言葉は耳にしますけど、「All inclusive(オール・インクルーシブ)」は聞いたことがない言葉です。
田中:そうですよね。「インクルーシブファッション」も、素敵なことだと思うんです。だけど私たち「SOLIT!」のメンバーは、対象を限定することさえも手放して、「オール・インクルーシブ」、つまり「すべてを受け入れる」という新たな価値観を掲げているんです。
-すべてを受け入れる?
田中:「インクルーシブ」って言葉って、「包括する」という意味ですよね。でも、これまでの「インクルーシブ」という言葉の使われ方をみると、多様な人間を受け入れようとしているけれど、そこには自然や動植物といった地球環境が含まれていなかったと思うんです。
田中:あと、最近は徐々に障がいのある方もそうでない方も着用できる服は増えてきているけれど、多くは「障がい者向け」とターゲットが限定されてものも多く、「着られる」けれど「着たくなる」とはまた少し違う気がして。まだまだ選択肢が少ないんですよね。
障がいやセクシャリティや信仰などを理由に「あなたはこれがアイデンティティでしょ」と決めつけられることで、自由に選択ができなくて、「本当はもっとファッションを楽しみたい」という純粋な思いが実現できない人がいると思うんです。
とくにファッションはそう。太っている人はミニスカート履きづらいとか、車椅子ユーザーだったら服が着にくいとか、女性はピンク色を着なきゃいけないとか。そうしたしがらみのなかで、つらい思いをする人がいるんですよね。
-「SOLIT!」は、障がいがある人だけを対象にしてるわけじゃないんですね。
田中:そう。「SOLIT!」が大事にしたいのは、障がいやセクシュアリティや信仰にかかわらず、一人ひとりがまったく異なる存在であるっていう価値観です。どんな身体的特徴を持つ人も、嗜好を持つ人も、そして人間だけじゃなく、地球や自然環境、動植物も取り残さない。そんな思いを込めて、「All inclusive(オール・インクルーシブ)」って言っているんです。
恋に落ちるくらい好きな相手と、恋に落ちるような仕事を
-では、「morning after cutting my hair, Inc.」ではどんな活動を?
田中:はい。主に、社会課題解決に取り組む団体・企業のPRや教育プログラム設計です。
世の中の課題を解決しようとしている人たちのなかには、伝え方が上手じゃなかったり、課題解決の方法がわからなかったりする人もいます。そういった社会課題の解決に取り組む人のたちの想いや活動を伝えて、共感を生むことで、課題解決の伴走をしているんです。
-なるほど。具体的な事例はありますか?
田中:たとえば、「産後ケア」の必要性を社会に伝え活動し続けている「特定非営利活動法人マドレボニータ」が運営する「インストラクター養成スクール」のプログラムリニューアルにあわせて、ブランドガイドラインやWEBページの制作を行いました。
あとは、「特例認定NPO法人e-Education」のブランディングのために、「メンバー一人ひとりの目線をあわせ、代表だけではなく全員がフラットに議論できる場をつくる」ためのオンラインワークショップを設計・実施したりしてきました。
-幅広い支援のしかたをしてるんですね。
田中:そうですね。でも、一貫していることはあって。それは、「恋に落ちるくらい好きになった相手としかお仕事をしない」っていうこと。私、自分にとっての大切なことを通じてだれかの幸せを生み出そうと頑張っている人たちがすごく好きなんですよね。だからそんな人たちと、恋に落ちたように、大切に仕事をしていたいんです。
社会課題をポップに解決する
-以前取り組んでいた「防災ガール」もふくめて、田中さんはさまざまな社会課題の解決に取り組んでいますが、どんなことを大切にしながら働いているんですか?
田中:まえに、世界ゆるスポーツ協会代表の澤田智洋さんが私のことを「社会課題をポップに解決しようとしてる」って言ってくれたんです。その言葉が結構しっくりきてるんですよね、自分でも。
-社会課題をポップに解決する。
田中:そう。「お涙頂戴」でもなく、しかも「解決しなきゃ!」っていう義務感に訴えかけるのでもなく。社会課題の解決を、ついついやりたくなっちゃうようなことに翻訳して伝えていくのが、私のやりたいことなんですよね。
-たしかに、防災ガールが日本財団と一緒に取り組んでいた「#beORANGE(ハッシュビーオレンジ)」のようなキャンペーンは、とっつきづらいイメージがあった防災をポップに解決しようとした事例ですよね。
田中:そうですね。それまで防災の領域にかかわるのって、研究者と自治体の方ばかりだったみたいなんです。だけど、防災ガールの活動を通して、「若者や女性でも関わっていいんだ」「こんなにクリエイティブでいいんだ」って気づいたっていう声がたくさん届きました。
-防災をはじめ、社会課題って「ポップに取り組むと不謹慎」みたいなイメージもあると思うんです。
田中:ありますよね。だけど、かたくるしく取り組んでいるだけだと、多くの人々に広まりにくいんですよね。
だから、「社会課題をポップに解決する」っていうアプローチの仕方があってもいいんじゃないのかな、って。防災ガールだって、けっして大きく世の中を変えることができたわけじゃないですけどね。「防災っていう領域に若者や女性がかかわるようになったのは、とても大きな一歩ですよ」って言ってもらえることもあったから、やってきてよかったなって思います。
-それだけ手応えがあったのに、どうして2020年に解散をすることに?
田中:やっぱり、私たちの根っこに「社会課題を解決したい」という思いがあったから。
お金儲けのためだったら、正直売り上げはたっていたので、続けた方が良かったんですよ。だけど、本当に「防災があたり前の世の中をつくる」ためには、私たちだけじゃなく、若手のプレイヤーがもっと増えた方がいい。そう考えると、私たちが存在し続けることに意味はないなと思ったから、解散することにしたんです。
社会課題に向き合うのは、義務感からじゃない
-そもそも、田中さんはどうして社会課題に関心があるんですか?
田中:知的好奇心かな。自分の知らないものが見えたり、知らない価値観に触れる瞬間って、すごく楽しいんですよね。
-知的好奇心なんだ!
田中:私にとって社会課題に関わることって、「解決しなきゃいけない!」っていう義務感からやっていることじゃなくて、ワクワクすることなんですよ。
たとえば視覚障がいのある方と話したとき、目が見えない代わりに聴覚の感覚が強いらしくて、「さっきの声の人は、絶対髪の毛長いでしょ?」って言い当てちゃったりするんです。「えー!!なんでわかるの!?」ってびっくりするじゃないですか(笑)。
-それは驚きますね(笑)。
田中:あと、いわゆる社会的マイノリティと呼ばれる方々を取り巻く問題でいえば、「助ける必要がある、かわいそうな存在」ってカテゴライズされがち。
でも、私が世界各地を旅したり、仕事をしたりしたなかで出会ったひとには、俗に言えば難民の人もいれば、障がいがある人も、被災者も、セクシュアルマイノリティーも、貧困層と言われる人もいます。でも、恋のはなしもするし、ファッションのはなしもするし、ばかなことをやって笑い合う。私にとってはみんな同じように大好きな友達なんですよ。
そんなみんなを、「助ける必要がある、かわいそうな存在」ってカテゴライズしてしまうのは違和感があって。私にとって、みんなはかわいそうな存在じゃなくて、新しい価値観に触れさせてくれ、ワクワクさせてくれる存在なんです。
-だとすると、「All inclusive(オール・インクルーシブ)」な世の中って、いろんな違いを知ることができてワクワクするような世の中なのかもしれないですね。
田中:はい、そうだと思いますね。
クリエイティブが「楽しく伝えること」の大事さを教えてくれた
-さて、Proff Magazineではみなさんに、自由に項目を設定できるスマート履歴書「プロフ」を書いてもらってます。田中さんは「今の私をつくった、インスパイアされたもの5つ」って項目がおもしろいですね。
田中:自分で言うのもなんですけど、私の経歴は Wikipediaを見ればいい気がして。でも、「起業して、賞をいくつも受賞して……」って並んでるから、それだけ見ると結構「ゴリゴリな経歴」でしょう? 相談したら、厳しいコメントとかしそうな。
-そうですね(笑)。
田中:それに、Wikipediaだけみたら、何不自由なく活躍をしているように見えるかもしれません。だけど、これまでにネットに悪口を書かれたり、メンバーとお別れしたり、事業を失敗したりの繰り返し。何度も諦めそうになったり、苦しい経験もしてきたんですよ。だから「ゴリゴリ」っぽく見えるのはちょっと違うなって。
だからもうちょっと、私の人柄がわかる履歴書をつくれたらいいなと思いました。それで今回入れてみたのが、「今の私をつくった、インスパイアされたもの5つ」です。
-おもしろい。なんでこの項目を?
田中:私の場合、いろんな意思決定の背景に、素敵なクリエイティブとの出会いがあるんですよ。たとえばハグをしないと買えないコカコーラの自動販売機のキャンペーンとか、世界で初めてフラッシュモブをやった海外の携帯メーカーのプロモーションとか。
あとはイギリスの公開オーディションのリアリティショーである『ブリテンズ・ゴット・タレント』での、少年ユニット「Bars & Melody」のパフォーマンスも忘れられないですね。
当時13歳で、過去にいじめを経験したレオンドル君が、転校した先で親友になった15歳のチャーリー君と一緒にいじめを乗り越えて、希望を歌ったんです。その後2人はCD デビューまでしていて、ずっと友達でいつづけてるのも素敵ですしね。
-いじめっていうテーマを扱ってるけど、怒りじゃなくて希望を歌ってるんですね。田中さんの「社会課題をポップに伝える」っていう想いとつながる気がします。
田中:本当に、怒りじゃ人は動かないと思うんです。私も小学校の頃、クラスの掃除の時間に「ちゃんと掃除して!」って怠けてる人を怒ってたんですよ。でも、それじゃ動いてくれない。プロフで書いたようなクリエイティブは、「楽しく伝えること」が行動を促すためには大事なんだってことを私に教えてくれたんです。
長く続けて、人々の行動や意識を変えていきたい
-田中さんは事業もやりながら、2019年からリベラルアーツ系の大学院「大学院大学至善館」にも通っていますよね。そのバイタリティはどこからきてるんでしょう?
田中:防災ガールも立ち上げ当初は何もできなかったけど、ワークショップや商品開発など、いろんなことを経験するなかで、最終的には都道府県単位での防災計画作成に関われるほどになったんです。いまやっているふたつの活動も、自分が成長すればするだけ社会課題が解決すると思ってるから、どんどん学んで、成長していきたいんですよね。
-なるほど。では最後に、今後の展望を教えてください。
田中:今の活動を、じっくり長く続けることを大事にしていきたいな。
防災ガールのときって、20代のパワーでなんとかやってきた感じがしているんです。「バズらせる」みたいな、瞬間的に認知度を広げることに関しては、ある程度できたと思うんですけど、人々の行動や意識を変えるところまではできていなかったな、と思っていて。
その意味では「SOLIT!」と「morning after cutting my hair,Inc.」でやっていることは、かたちや場所は変わっても、数十年じっくり続けることで、行動や意識の変化につなげていきたいんですよね。
あとは、もっと社会課題に取り組むプレイヤーが増えたらいいな。関わる人が増えるほど、解決できる課題も増えていくので。だから、社会課題に取り組みたい人向けの教育には、力を入れていきたいと思っていますね。
楽しみながら、社会課題を解決する人が増える未来
田中さんの生き方には、一貫して「社会課題を解決する」という価値観に貫かれています。そして、活動を語る田中さんの語り口、視線、言葉から、日々試行錯誤しつつ、新しい世界との出会いを楽しみながら取り組んでることが、はっきりと伝わってきました。
そんな田中さんの姿にふれて、怒りや義務感ではなく、心をはずませながら社会課題に取り組むひとたちが増えていく—。そんな未来が、少し見えたような気がします。
(執筆・編集:山中康司)
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