自分と大切な人のために、わがままでいつづける。 /  kaettara 永井彩華
#010

自分と大切な人のために
わがままでいつづける。
kaettara永井彩華

「もし、履歴書に自由に項目をつくって自分を紹介できるとしたら、どんなことを書きますか?」

Proff Magazineでは、履歴書の自由なあり方を考えるために、そんな質問をさまざまな分野で活躍する方に投げかけてみることにしました。

今回話を聞いたのは、「株式会社kaettara(カエッタラ)」代表の永井彩華さん。

地元栃木と東京との2拠点生活をしながら、「大切な人のそばで暮らしながら、好きな仕事をする」生き方を誰もが実現できる環境づくりに取り組む永井さんは、自らの履歴書についてどんなことを語るのでしょうか。

かえれる地元をつくる

-永井さんは27歳のときに「株式会社kaettara」を立ち上げましたね。「カエッタラ」って、すごくユニークな名前ですが、どんな活動をしているんですか?

永井彩華さん(以下、永井):ありがとうございます。kaettaraは、名前のとおり「かえれる地元をつくる」をビジョンに掲げて、自治体と連携しながら、人や企業を地域につなげる事業に取り組んでいます。

たとえば、「栃木ゆかりのみ」。これは、栃木県にゆかりのある人たちが、都内にある栃木県出身のオーナーさんの飲食店に集まって、栃木由来のものを食べて飲んで、わいわい語るイベントです。2015年からこれまでに、延べ700人以上の方々に参加いただきました。最近では栃木県内全ての自治体とのコラボレーション企画も実施してます。

「栃木ゆかりのみ」の様子。

-楽しそうなイベントですね。他にはどんな活動を?

永井:はい。もうひとつの活動は、WEBメディア「MIKIRO(ミキロ)」の運営です。MIKIROでは、なにかの分野で挑戦している地元企業を紹介したり、若者が活躍できる環境を地域で増やすための取材・情報発信をしています。今は栃木県内の取材がメインですね。

「MIKIRO」のページ。

-地元・栃木を舞台に活動しているんですね。

永井:そうですね。まずは栃木からはじめて、だんだんと活動を拡げていきたいと思ってます。

栃木以外の仕事だと、「ソーシャルチャレンジャー」というプロジェクトに携わっています。これはkaettaraというより、私個人として関わっているものですけど。

ソーシャルチャレンジャーでは、首都圏の企業の人材研修として、自治体と連携したフィールドワークを行っています。企業に所属するエンジニアたちが地域の方々の声を聴き、その地域に本当に必要な事業を考え、長期的にコミットする前提で本質的に課題解決を目指す、という内容です。これまでに茨城県や島根県、高知県などの全国7つの自治体で実施していて、私はコーディネーターとして、地域と企業の橋渡しをしました。

-永井さんは「かえれる地元をつくる」ということを過去のインタビューでも繰り返し言っていますよね。活動の背景には、やはりその想いが?

永井:そうですね。私は、望む人なら誰もが「大切な人のそばにいること」と「挑戦ができる仕事をもつこと」を、ちゃんと両立できるような環境をつくりたいと思っていて。

特に地方出身者って、就職のタイミングで都市に出なければいけなくて、どちらかを妥協しなきゃいけないことが多いんですよね。地元への想いがあっても、働く場所がなければ暮らしていけないので。

私は、「地方出身者だからって、仕事と家族を天秤にかけないといけないのはおかしい」って思うんです。だから、地元企業に若者が挑戦できる機会を創出し、発信していくことを通して、「かえれる地元」をつくっていきたいんです。

 

行動とセットなのが「建設的なわがまま」

-「世の中の仕組みのせいで、人生を妥協したくない」っていう気持ちが強いんでしょうか。

永井:……私、わがままなんですよね。以前知り合いにも、「永井さんって、わがままの才能があるね」って言われました(笑)。たしかに、世の中の仕組みとか風潮に対して「そこおかしくない?」って違和感を覚えて、言葉にしちゃうことが多いです。

-「かえれる地元をつくる」っていう言葉の背景にも、世の中に対する違和感が?

永井:そうですね。「仕事のせいで、なんで多くの人が大切な人との時間を犠牲にしているんだろう?」って違和感はありました。

人間って、社会的な動物すぎるなあ……って思っています。だって、多くの動物は家族と当たり前のように一緒にいるじゃないですか。なのに人間は、社会化されすぎたあまり、動物として大切なことを我慢してしまってる。私は「人間だってもっと動物らしく、わがままに幸せを追求していいじゃん!」って思ってるんです。

もちろん、なんでも主張すればいいってわけじゃないですよ。私は「建設的なわがまま」を言っていきたいです。

-「建設的なわがまま」っていうのは?

永井:「こうしたほうが良くない?」っていう主張をしながら、それが実現できる環境をつくるために、自分が動くことです。

たとえば、私は以前から「なんで地元企業の情報ってこんなに手に入らないんだろう」と疑問に思っていました。

地方移住の文脈で語られる、仕事に関する情報って、テレワークや企業誘致、起業などがフォーカスされることが多いんです。でも、地方には既にたくさんの地元企業がある。そうした企業は、もちろん検索すれば名前ぐらい出てきますが、「働く場所」として検討できるような情報はぜんぜんありません。

それは課題ですよね、といろいろなところで言っていたら、協力してくださる方に巡り合って、MIKIROで地元企業の経営者の方たちに取材することができました。

取材中に「地元で働きたいけど仕事がないから帰れない若者がたくさんいるんです」「若い人たちが活躍できる環境が必要なんです」っていうことを伝えると、驚かれるんですよね。「そんな人たちがいるんだね……」と。

つまり、地元企業も移住希望者も、お互いが知る機会が無くて、リアルに相手のことがイメージができていない、っていうことがわかってきたんです。

逆に言えば、知る機会があればお互い歩み寄れる可能性があると。

永井:そうなんです。以前、広報に課題を感じている経営者の方に「SNSで発信したらどうですか?」ってアドバイスをしたら、1か月後に「社内でSNS委員会をつくったよ。若い人に任せようと思う」って報告してくれて。そうやって、自分が感じている課題を伝えるべき人たちに伝えていくことって、意味があるんだなぁと思える出来事でしたね。

だけど、それを「なんかモヤモヤするな」っていう違和感だけで主張したら、ただのわがままです。だから違和感の正体を考えて、伝えるべき人たちに伝える。そうした行動とセットなのが「建設的なわがまま」だと思いますね。

kaettaraでは地元企業へインタビューし、その想いや取り組みについて掘り下げています。

 

人生のレールから外れるのが怖かった

-多くの人が、永井さんのように世の中に違和感を抱きつつ、主張できないでいる気がします。何がわがままであることを妨げてると思いますか?

永井:なんだろう……。私はレールな気がします。「こういう生き方が正しいんだ」っていう人生のレールが、わがままになることを妨げてるんじゃないかな。

私も学生の頃は、レールに乗って生きていたんですよね。頑張って勉強して、高校は進学校に入って、大学は自己推薦入試で第一志望の大学に入って。卒業後は理科の教師になろうと思ってたんです。

でも、大学4年生の時に、教授との相性がびっくりするぐらい悪くて、留年してしまって。自分の留年を、卒業式の数日前にネット上で知ったんですよ。ヤバくないですか(笑)?

当時の私は、「留年したら死ぬ」くらいに思ってました。でも結局、留年しても死ななかった(笑)。その成功体験……というか失敗体験を通して、「あ、レールから外れても大丈夫なんだ」っていう、私にとっての大発見をしたんですよね。

-永井さんは独立もしているし、人と違った選択をすることが怖くないのかと思っていました。

永井:いや〜、怖い怖い! 受験も「落ちたら死ぬ」と思ってましたし。その時は落ちなかったから「良かった〜」と思って、その後もレールの上を綱渡りしてきたんですけど。本当に突き落とされた体験が、留年でしたね。

でも、突き落とされる経験はそれでおしまいじゃなかったんですよ。やっとの思いで大学を卒業して、新卒で入社した会社では、東京勤務のマーケティング職として採用されたはずが、蓋を開けてみれば東京には部署がコールセンターしかなくて。思っていたのと違ったのですぐに転職先を決めて、入社して5カ月で辞めました。はやい段階で、キャリアのレールから落っこちて。だけど、それでもやっぱり生きてるわけです。

「こういう生き方が正しくて、そこから落ちたらやばい」っていうレールって、あると思い込んでるだけで、本当は存在しないんですよね。

大切な人を大切にするために、わがままでい続けたい

-そこから「わがままの才能がある」と知り合いに言われるまでになるには、どういういきさつがあったんですか?

永井:それは、家族の存在が大きいですね。

私、大学は栃木県の小山市にある実家から通っていて、社会人になったのを機に上京したんですけど。「若い時から挑戦できる仕事は東京にしかない!」と思って、当たり前のように就職先は都内で選びました。でも一方で、上京するとき、両親やおじいちゃんおばあちゃんが見せた悲しそうな表情が、心に残っていて。

「やりたい仕事をやることと家族のそばにいることって、両立できないものなんだっけ?」って、疑問が湧いたんです。さっきも言ったように、地方出身者だからそれを我慢するのは理不尽だな、と思って。

そう気づいてから、いずれ栃木で起業するための経験を得ようと思って、何度か転職しました。都内で栃木出身者を集めた「栃木ゆかりのみ」もはじめたりして。そんな準備期間を経て、27歳の時に「kaettara」を起業したんです。

-「家族」が大事だと気づけてから、「こういう生き方が正しい」というレールに沿うのではなくて、自分が正しいと思う選択ができるようになった?

永井:それはありますね。家族のためにも、自分の人生を妥協しちゃいけないなって思うようになって。

自分だけの人生だったら、私はたぶんなんの行動も起こしていないと思います。でも、「自分の人生、自分だけのものじゃない」っていう想いが強くなって。ある意味、自分の人生に責任を感じてます。私のわがままは、大切な人に対する責任感からきてる部分もあるんだと思います。

-わがままって無責任なイメージがありますけど、むしろ責任感から来てると。

永井:我慢した方が、もしかしたら楽なのかもしれない。地元企業と話すときだって、私の主張を受け入れてくれる人たちばかりじゃないし、理解されない方が多いですから。でも、だからといって我慢したら、自分や大切な人を大切にできなくなることにつながる。結果的に、もっと辛くなるんじゃないかな、と思うんですよね。

 

履歴書には、「影響を受けた本」の項目を加えたい

-さて、永井さんは履歴書にどんな項目を加えたいですか?

永井:「私が採用側だったら知りたい」という理由で加えたいのは、日々どこでどんな情報を摂取してるかという情報です。たとえばどんな本から影響を受けたか、とか。

-どうしてそれを伝えるのが大事だと?

永井:その人が摂取している情報が、その人の世界観をつくっていると思ってるんです。以前会社の採用担当としてたくさん面接をしていた時があったんですけど、話を聞いてると、相手の Twitter のタイムラインが見える感覚があったんですよ。「この方は、あの人をフォローして、こんな本を読んでいるんだろうな」と。それくらい、日々摂取する情報がその人の考え方をかたちづくっている。

だから、どんな情報を日々取り入れているのかを伝えると、どういうベクトルで物事を見ていて、どんな仕事でパフォーマンスを発揮するのかも伝わると思うんですよね。

もし同じ本を読んでいたとしたら、感想を語り合いたい。同じ情報からでも、人によって感じ取るものが違うのは面白いですよね。そういう意味でも、履歴書には影響受けた本の項目を加えたいです。

地元企業に、ビジネスの観点から伴走する

-永井さん自身は、100点満点中何点ぐらい、「大切な人のそばで、好きな仕事ができる」生き方を実現できてますか?

永井:私個人としては、合格点には来てるんです。でも、私だけ実現できても虚しい。望む人みんながそうした生き方を実現できる環境をつくりたいんですよ。「みんな」って視点に立つと、まだ0点ですね。誰も幸せにできてないので。

-0点……厳しいですね。そんな環境をつくるために取り組んでいきたいことはありますか?

永井:しっかり「ビジネス」をやっていきたいと思ってます。「かえれる地元をつくる」ためには、地域産業をアップデートして、地元に帰りたい方が挑戦できる環境を増やすことが欠かせません。地域の産業を活性化するために、ビジネスの観点から地元企業に伴走したいなと。まずは栃木から始めて、そこから他の地域に拡げていこうと思っています。

あとは個人的には、私も夫ができて家族が増えましたし、会社も新しい仲間が増えたから、彼らのことは大事にしていきたいっていう思いもありますね。

なんか、大切な人が増えていっちゃうんですよ、厄介なことに(笑)。そうなると、やっぱり譲れないことは増えますよね。私が諦めてしまったら、大事な人にしわ寄せがいくと思うから。大切な人のためにも、わがままでいたいと思います。

(執筆:山中康司 写真は永井さん提供)

 

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