弱さも失敗も、おもしろみに変える。 / 落語家 立川かしめ
#023

弱さも失敗も、
おもしろみに変える。
落語家 立川かしめ

失敗、トラブル、自分の弱さ。

それらに直面すると、多くの人は目を背けたり、「なんて自分はダメなんだ」と凹んだりしてしまいます。

たとえば、知らないうちに自分の肩書きがネットオークションに出されて、「仮面女子」なんていう名前をつけられたら?

僕なら「マジで…?」と絶望するかもしれません。

なんとこれ、ホントにあった話。しかもその当人は、絶望するどころか、その状況をおもしろがっていたのです。

その人とは、落語家・立川かしめさん。早稲田大学卒業後、広告代理店で営業を4年経験したのち立川こしらに弟子入りし、落語家になった経歴を持っています。

そんな立川かしめさんが語る、「弱さも失敗も、おもしろみに変える」生き方とは?

落語家は個人事業主

-僕、あんまり落語家の働き方についてわかってないんですが、そもそも働き方としては個人事業主なんですか?

かしめ:完全に個人事業主です。出来高制で、高座にあがらなければ一円も入ってこないんですよ。

基本的な収入源としては、鈴本演芸場とか新宿末廣亭とかで寄席に出るのがひとつ。もうひとつは、会場を自分たちで借りて開催する落語会ですね。あとはイベントやセミナーの司会で稼ぐこともあります。固定給は一切ないですね。

-そしたら、コロナ禍で苦しい状況になった落語家も多いのでは?

かしめ:そうですね。落語家は人に会えないと商売にならないことが常識だったので、今も苦しんでる落語家はたくさんいるんじゃないかな。でも、僕はむしろコロナ後に活動の機会が増えたんですよ。2020年の5月は落語家になってから1番高座数が多くて、月間で30席を超えました。

-ええ!!それはまたどうして?

かしめ:オンラインでの配信を始めたんです。2020年4月に国立演芸場で開催予定だった自分の「二ツ目昇進披露落語会」も、協賛スポンサーを募って無観客で配信しました。無料でやる分、手ぬぐいとかのグッズをネットで販売したら、みんなどんどん買ってくれて。それで会場費も払えて、なんとか形にできたんです。

-なるほど、オンラインで落語を楽しめるのはいいですね。

かしめ:会場のキャパも関係ないですからね。普段なかなか寄席に来れない方も来れるし、すごく可能性があるんです。それを他の落語家の方も気づいてくれて、「配信を手伝ってくれないか」って相談が来るようになりました。今では配信の技術者みたいな役回りをすることも多いです。

-落語をやりにいくのではなくて、技術者として?

かしめ:そうそう。機材もノウハウもたまってきたので、「タダで使ってください!」って言って。でも、落語家って見栄が大事なので、実際にタダで帰されることってほとんどないんですよ。「せっかく来てるから一席やってってよ」って、高座に上がらせてもらえるんです。僕は本当にタダで良いって思ってやってるんですけどね。コロナ禍になって僕があがる高座が増えてるのは、そんなわけがあります。

-おもしろいなぁ。逆境をチャンスに変えてるんですね。

かしめ:我々芸人ですし、逆境をただ受け止めちゃってもしょうがない。「じゃあ、この状況を楽しまなきゃ」っていう発想になるんですね。

 

広告代理店の営業担当から落語家に

-かしめさんはもともと、広告代理店に勤めていた会社員だったんですよね。何がきっかけで落語家に?

かしめ:会社の人事面談です。会社にジョブローテーションの仕組みがあって、新卒4年目に部署移動するタイミングがあったんです。そのタイミングで、人事の方に面談で「どの部署に行きたい?」って聞かれましてね。

僕は当時やっていた営業の仕事が好きだったから「営業のままでいいです」って伝えたら「いや、そういうわけにいかない」というから、どうしようかなぁと。

そしたらその人事の方が、当時コーチングを勉強していたみたいでね。「とにかくやりたいこと100個、付箋に書け」っていうので、「わかりました!」って、ばーって書いて。

「モテたい」とか「油そばの店をつくりたい」とか、そういう謎の夢も書いたんですけど。そのなかに、「落語家になりたい」っていう言葉があったんですよね。

-もともと落語が好きだったんですか?

かしめ:いや、そんなことないんです。普段落語を聴いてたとかじゃないし。でも、目立ちたがり屋で、人前に出て楽しませてお金を稼ぎたいなって思いはずっとあったんです。

営業をやっていても、お客さんと仲良くなるのはすごい得意だったんですよ。ただ、そこから会社の利益につなげるのがあんまり得意じゃなくて。仲良くなると逆に割引したくなっちゃうんです(笑)。

そんな違和感と、あとは「俺がやったぞ!」って言える仕事をしたいっていう思いもありましたね。代理店って、どちらかというと裏方の職業なので、自分が表に立って何かやりたいなぁと。

それでなんとなく寄席に行ってみたら、「あ、落語家って人前に立てるし、俺がやったって言えるな!」と思って。なので人事の方に「落語家になるんで辞めます」って伝えました。「そういうためにコーチングしたんじゃない、困る困る!」って驚いてましたね。

-それはそうですよね(笑)

かしめ:でも、僕も意志をまげなかったから、人事の方も「コーチングがきっかけで辞めるってのは、他の人には内緒ね?」って納得してくれて。そんな感じで会社を辞めたんです。

-会社員から落語家になるのは勇気がいる決断だったのでは?

かしめ:広告代理店に勤めてるって比較的憧れられるんで、「もったいない!」って言われるんですけど、僕はあんまり勇気ある決断だったって感覚はないですね。

かしめ:僕にとってのリスクをとる決断って、「本当に1人になること」だと思ってるんです。例えば、山にこもって自給自足の生活をするとか。

だけど、落語家はまわりにいろんな人がいますからね。個人事業主とはいえ、「福利厚生が一切ないベンチャーに飛び込む」くらいのノリ。むしろ「落語家!?」みたいなまわりのリアクションにびっくりしました。そこは僕の感覚のほうがバグってるのかもしれないですけど。

-なにがリスクかって、人によって違いますもんね。

かしめ:あと、当時25歳だったんですけど、「これ以上歳をとったらなかなかキャリアの方向性を変えられなくなる」と思ったんですよ。新しい世界に飛び込んだら、どんどん吸収しなくちゃいけないし、年下の人にも頭下げなきゃいけないかもしれない。

そういうプライドを乗り越える作業が、これ以上歳をとるとできなくなるなって。逆に、今なら背負ったものすぐ捨てられるなっていう感覚があったから、飛び出せたのかもしれないです。

 

知らないうちに、自分の名前がヤフオクに出されていた

-あと、かしめさん、最初は「立川仮面女子」って名前だったんだとか。

かしめ:そうなんですよ。師匠の立川こしらがかなり変わった師匠でして。弟子入りして1週間経たないくらいのとき、いきなり写真を撮られましてね。「なんでだろうなぁ」と思っていたら、友達から「お前、ヤフーニュース載ってるよ!」って連絡がきたんですよ。

「どういうこと!?」と思って調べてみたら、ヤフオクで僕の命名権が出品されてたんです。僕がダブルピースしてる写真とともに。

-そんなことあります?(笑)

かしめ:落札される日なんて、戦々恐々でしたね。「うんちっち」みたいな名前をつけられたら、落語家人生が弟子入り1週間にして終わりだなって。で、最終的に落札したのが「仮面女子」ってアイドルグループで。僕は「立川仮面女子」って名前になったんです。

-いいのかわるいのか…

かしめ:それ以来、いろいろ苦労もありましたけどね。なんにも悪いことしてないけど、「そんなわけのわからん名前のヤツ追い出せ!」って破門になりそうになったり。

仕事もこないですからね。考えてみてくださいよ、「前座」って1番最初に高座に上がるんですけど、いきなり「立川仮面女子です〜」ってヤツが出てきたら、会場がざわざわして変な空気になるでしょ?その後やりにくいじゃないですか。

-その名前のおかげで、落語家として前途多難な船出になったんですね(笑)。

かしめ:それが正直、今言ったみたいな不安もあったけど、ワクワクの方が大きかったんですよ。「どうなっちゃうんだろうな〜これ?」っていうワクワクです。結果的に、その名前がきっかけで自分のことを知ってもらえましたしね。

僕、芸人って、期待される存在になることが目標だと思っているんです。「この人の会に行ったらおもしろそう」っていう、非日常に対する期待を提供するのが仕事。なので、「立川仮面女子」って名前の時点で期待感は上々なんですよね。

「名前は師匠からの1番最初のプレゼントだ」ってよく言われますけど、今になって思えば、「仮面女子」って名前をつけるきっかけをもらえたことは、ありがたいことだなって思ってます。

履歴書に書けないことにこそ、おもしろみがある

-「命名権ヤフオク出品事件」もそうですけど、多くの人だったら「まじかよ…」って絶望しちゃいそうなところじゃないですか。それをポジティブにとらえられるのって、どうしてなんですか?

かしめ:失敗とかトラブルとか自分の弱さって、「おもしろみ」だと思うんです。「聞いて、こないださ〜」って、ネタになるじゃないですか。

落語の話のなかには、一般的にいったら「アウトなやつ」がでてきます。「与太郎」っていうキャラクターが1番有名ですね。なにも仕事ができない、返事もまともにできないようなやつ。

だけど、親孝行なんですよね。だから「しょうがねぇなぁ」って、まわりの人がみんなで助けてあげる。「こいつ仕事できないから、むこういけよ」じゃなくて、基本的にみんなでおもしろみを見出そうとするんですよ。

-なるほど!落語の世界って、実はインクルージョン(包摂)の世界なのかも。

かしめ:だから落語家同士でも、誰かが失敗したら「あいつはダメだ」じゃなくて、ネタにしてます。

落語会に遅刻した人がいたら、もうお祭り。「あいつ絶対寝てるよ!」「どうする?電話してみる?」「出ない出ない!」って言って、みんなで盛り上がる。お客さんに「今日はあいつ、来てません!多分寝てます!」って言って、お客さんもゲラゲラ笑って。

-会社だったら「なに遅刻してんだ!」怒られそうだけど、そうはならないんですね。

かしめ:そういう失敗も、おもしろみじゃないですか。ほんと、世の中を見てると、ちっちゃいことで目くじらをたてすぎているんじゃないかなって思います。目くじらたてるのって、負の感情なのでお互いつらいですよね。僕はどちらかというと、「それおもしろいね〜」ってネタにした方が楽しいと思うけどな。

-さて、今回はかしめさんにスマート履歴書「プロフ」を書いてもらいました。履歴書に空白があることもネガティブなことだと思われがちですけど、落語の世界だったらちょっと違う見方ができそうですね。

かしめ:履歴書に書けないことの方が絶対おもしろいですからね。落語家のなかにも、「この人よく生きてるな」っていう人が山ほどいるから、見ていて救われますよ。「あ、人間ってこんなでも生きていけるんだな」って(笑)。

落語の登場人物も、落語家も、おもしろみを持ってる。だから落語に触れていると救われる部分は多いかもしれないですね、なんとなくですけど。

 

キャッチフレーズを、行動によってつくっていく

-さて最後に、今後やっていきたいことがあれば教えてください。

かしめ:キャッチフレーズをどう見つけていくかが、僕の課題であり目標ですね。いまはまだ、自分自身のキャッチフレーズを見つけられてなくて。

-キャッチフレーズを見つける。

かしめ:キャッチフレーズって、「思想」で生まれるか「行動」で生まれるかのどちらかだと僕は思ってて。つまり自分で考えてつけるか、行動の積み重ねによって自然とつくられるか。

僕は多分「思想」側ではないと思うので、ただただお客さんに楽しんでもらえるような行動の積み重ねによって、キャッチフレーズをつくっていきたいんです。だから、キャッチフレーズが付くくらいおもしろいこことをやり続けようと。たとえば、月に1本は必ず新しいネタをつくるとかですね。

-肩書きって、頭で考えてつけるようなイメージを持ってる方も多いと思いますけど、「行動を積み重ねるでつくっていく」っていう考え方もあるんですね。

かしめ:そうですね。肩書きの話ともつながりますけど、僕、人には2種類いると思うんです。明確な目標を打ち立てて、そこに向かっていく人と、目標を立てるよりも「ベビーステップ」で、細かく細かく積み重ねていく人と。

僕はどちらかというと後者なので、お客さんから「今度はこんなことやったんだ、次は何をするのかな」って楽しんでもらえるような落語家になれるように、行動を積み重ねていきたいですね。

 

凹んだときは、落語が救いになるかも?

失敗や、トラブルや、弱さがネガティブなことになるのは、実はある価値観のなかだけでの話。その価値観から一歩飛び出してみれば、「おもしろみ」になるということに、かしめさんは気づかせてくれます。

ちなみに、筆者も失敗して凹んでばかりの日々。そんなときは、落語を聴いてみます。そこには、失敗や、トラブルや、弱さをおもしろがる「やさしい世界」があって、「あぁこんな自分でも…というかこんな自分だからこそ、人生おもしろいんじゃん!」と思うことができるのです。

履歴書に書けないことにこそ、人生のおもしろみがある–。落語が教えてくれるそんな視点で、これまでの人生を振り返ってみると、自分だけのユニークなキャリアが見えてくるかも?

(執筆・編集:山中康司)

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