レシピのない人生を、ご機嫌に歩む。 / 自炊料理家 山口祐加
#018

レシピのない人生を、
ご機嫌に歩む。
自炊料理家山口祐加

「あなただけの履歴書を、つくってみてくれませんか?」

Proff Magazineでは、履歴書の自由なあり方を考えるために、さまざまな分野で活躍する方にそんなお願いをしてみることにしました。

今回お願いしたのは、自炊料理家の山口祐加さん。

料理の楽しさに気づいた幼少期、仕事にやりがいを見出せずにいた会社員時代、自炊の楽しさを伝える現在……。山口さんの履歴書から見えてくる、“レシピのない人生を、ご機嫌に歩む”生き方とは?

自炊する人のためのファーストステップをつくる

-「自炊料理家」って、聞きなれない肩書きですが、山口さんはどんなお仕事をしてるんですか?

山口 生活に「料理」っていう営みを取り入れる人を増やす活動をしてます。「みんなの自炊のファーストステップをつくる」、って言ったらわかりやすいかな。

山口 主に取り組んでいるのは、個人や法人向けの料理レッスン、オンライン配信、レシピ提案や書籍執筆、たまに記事のライティングですね。

個人向けには、自炊が苦手な方向けにオンラインレッスンやパーソナルレッスンを、法人向けには商品PRや研修のためのレッスンを行っています。

-レッスン以外の活動ではどんなことを?

山口 はい。オンライン配信では、料理動画や商品PRの動画を配信を。レシピ提案ではクライアントさんやwebメディアの要望に合わせてレシピを考案しています。あとは、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』などのレシピ本の執筆ですね。

 

料理は身体を使った遊び

-どうしてそこまで、「料理」という営みにこだわるんでしょう?

山口 「料理」っていうと、どうやって美味しいものをつくるかばかり語られるじゃないですか。でも、私にとって味は結果論なんです。

木に例えるなら、美味しい料理をつくるためのレシピは葉っぱでしかなくて、根っこや幹の話はされていない。じゃあ、根っこや幹がなにかというと、「なぜ料理をするのか」という部分なんです。

-なぜ料理をするのか。

山口 はい。私が「なぜ料理のするのか」といえば、楽しいからなんですよね。

私にとって、料理は遊びです。遊びって、いくらやっても苦じゃないですよね。私、とにかく寝ても覚めても料理のことばかり考えてる。眠る前も、明日の朝ご飯のことを考えているし、昼ご飯を食べてるときも、「今日の夜ご飯何にしようかな」って考えてるんです。

-食べることではなくて、料理っていう行為自体が楽しいんですか?

山口 そうですね。ものづくりをしている感覚に近いかも。私、粘土遊びとか絵を書くとか木工とか、手遊びが小さい頃から好きだったんです。その延長線上に料理があったんでしょうね。

初めて料理をしたのが7歳の時なんですけど、「あんなにかたい人参が、茹でたら甘くなるし、柔らかくなる!」って、衝撃を受けたんです。普段食べてるものがこうやって出来てるんだって、裏側を知れたみたいな気がして。それで、色々工夫しながら料理をするようになりました。

今でも、にんにくを刻んで、フライパンに油を入れて炒めてるときの、見た目とか香りとか、ジュクジュクっていう音とかが好きなんですよね。

-まさにものづくりだ。

山口 そう。料理って、すごくフィジカル(身体的)な行為です。旅とか、犬と遊ぶとか、洋服を着るとか、いろんな身体を使った遊びがあるけど、その楽しさって、自分じゃないなにかと触れ合う楽しさですよね。私にとっては、その行為で一番しっくりくるものがたまたま料理だったんです。

 

料理を通して、生きていることの手ごたえを感じる

山口 それに、料理はなくなるから楽しいんですよ。

-なくなるから楽しい?

山口 うまくつくれたとしても、厳密に言えば二度と同じ料理はつくれないじゃないですか。外食だって、いつも通ってるいつもの店の味も、絶対微妙に違うはずだし。そもそも、自分が明日生きてるかどうかも分からない。だからこそ料理は一期一会で、切なくて、楽しいんですよ。

それは、良い小説と出会って、「読み終わりたくない!」って思う気持ちに近いかも。素敵なものに触れられている嬉しさと、終わってしまったらもう二度と出会えない切なさのような感覚です。

-無常観のような。

山口 そうですね。料理は「生死」にすごく近い場所にある営みです。ピンピン生きてるあさりをお鍋に入れて、コトコト茹でてぱかって開いたき、「あ、死んじゃった」って思う。私たちは生きているものを食べて生かされてるんだなって気づかされます。

-当たり前のようですけど、料理という営みって、単に生存するために栄養を摂取するためのものじゃないんですね。

山口 はい。料理は生きている手応えを感じさせてくれるものだと思います。料理の時間をなるべく節約して、効率よくつくることを目指す人もいますけど、それって生きる手応えを切り崩してるように思えてしまうんですよね。

私、「料理をやってる姿が楽しそう」って周りに言われるんです。それは、料理を通して生きる手応えを感じてるからなんだと思います。そんな私の姿を見て、「自分もやってみようかな」って、楽しく料理をする人が連鎖していったら嬉しいですね。

 

自分がどれだけご機嫌でいられるか

-よく、「好きなことを仕事にしないほうがいい」という意見も聞きます。山口さんは、それだけ好きな料理を仕事にして、大変さはないですか?

山口 ぜんぜんないです。「いっぱい仕事すればいっぱい料理つくれる!」みたいな感じです。つらいのは、仕事で試作すぎて「お腹いっぱいだなぁ」ってときですね(笑)。

私、生きるうえで「どれだけご機嫌でいられるか」を大事にしているんです。

-どれだけご機嫌でいられるか。

山口 つまらなかったり、つらかったりする時間より、楽しく生きている時間を増やしていきたい。だから仕事も、自分がご機嫌でいられるものや働き方を選んでます。

だから、自炊もご機嫌になれないんだったら無理にやる必要ないと思うんですよね。最近って、「丁寧な暮らし」とか「インスタ映え」みたいなことが強調されて、外食とかレンジでチンする料理ははだめだ、みたいな風潮もあるじゃないですか。

でも、ぜんぜんそういう日があっていいと思う。「今日は自炊めんどくさいな」と思って、日高屋で野菜タンメン食べて「うまいな」って満足する日があってもいいんです。

-山口さんも「日高屋で野菜タンメン」、みたいな日があるんですか?

山口 もちろんありますよ! そう言うとびっくりする人がいるんですけど。お風呂洗うのがめんどくさい日があるのと同じように、私だって料理するがめんどくさい日はあります。

それでも、料理はめんどくさいだけじゃなくて、自分をご機嫌にしてくれるっていう、選択肢があることを知ってるのが大事で。私はいつも自炊しましょうと提案しているわけじゃなくて、自炊で人生の手応えを感じることができる、選択肢があるということを伝えていきたいんですよね。

 

安定よりも、自分が得意なことを選んだ

-「どれだけご機嫌でいられるか」を大事にされているということでしたが、働き始めてから仕事はずっとご機嫌だったんですか?

山口 いや、私も社会人になってすぐはご機嫌じゃなかったです。

就活のときは、やりたいことが明確に見えていたわけじゃなくて。ぼんやりと「面白いコンテンツをつくりたいなぁ」と思っていたから、小さな建築系の出版社に入ったんです。そこでは書籍企画、編集、校閲、DTP、営業まで全てを担当していました。

すごくいい会社だったんですけけど、私、仕事が全然うまくいかなくて。そもそも建築に興味が持てなかったんですよね。「この仕事、私より向いてる人がいるな」っていつも思ってました。

山口 会社に入ってはじめの1ヶ月って、指示を受けながらちょこちょこ手を動かしたくらいしかできないじゃないですか。ほとんど役に立ってないような状態だったのに、給料日には口座に十数万が振り込まれていて。先輩達が汗水たらして働いて稼いだお金を、なにもしない私がもらえてる、ということに違和感を持ったんですよね。

きっと、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月とお給料をもらっていたら、その違和感もなくなっていくんだろうなって。でも私は、得意ではないことでお給料をもらいながら働くことへの違和感を、忘れたくなかったんですよね。

-その働き方は、山口さんにとってご機嫌な状態ではなかったんですね。

山口 そうなんです。私の働き方に大きな影響を与えてくれたある方が、「世の中は壮大な役割分担だ」って言ってました。一人ひとりが全員ちがう存在で、私が得意なことは誰かが不得意なことだったり、誰かの不得意なことは私の得意なことで。だから上手に役割分担できれば、世の中はめちゃくちゃうまく回るはずだ、って。私もほんと、そう思うんです。

私は料理はもちろん、人を楽しませることだったり、楽しく何かを伝えることだったり、企画を考えることだったりが得意なんです。そういう得意なことが活かせる仕事は、他にあるんじゃないかなって思って。それ以降、「食」と「伝える」をかけあわせたような仕事をするようになったんです。

 

レシピのない人生を

-お話を聞いてると、山口さんはいわゆる「履歴書に書く肩書き」みたいなものにこだわってない印象を受けます。

山口 はい。フリーランスか、社長か、会社員か、アルバイトかなんて、正直なんでも良くて。ただ、自分がご機嫌に全力投球できる働き方が、フリーランスの自炊料理家だったっていうだけです。

履歴書もレシピも、ただの紙切れじゃないですか。履歴書に穴があっても、まわりからなんて言われても、今日美味しいもの食べることができればいいじゃん、って思います。

-履歴書にも料理にも、正しいレシピみたいなものはない?

山口 ないない。こうしなきゃダメとか、一回うまくいかなったらもう失格! とかないですよね。料理だったら、いろんな野菜で照り焼きをつくってみるとか、生姜焼きつくってみるとか、なんでもやってみたらいいんです。仮にそれが美味しくなくても、楽しいじゃないですか。

人生も料理も、「レシピがないからできない」っていうのはもったいない。自分で工夫してつくることができるのが楽しいので。

-一方で人生も料理のように、誰かが決めたレシピ通りに歩まないと怖い、と言う人もいると思います。その点、いきなり転職とか海外に行くのはハードル高いけど、自炊はレシピ通りの人生からはみ出す、今日からできる一歩ですね。

山口 たぶん学校教育を通じて、みんな「先生がいて、教科書があって、答えを教えてもらえる」みたいな状況に慣れすぎてるんですよね。そんな人にとって、自炊はそれまで他人にまかせていたことを自分でやってみるきっかけになると思います。

それに、キッチンでなら何者にだってなれるんですよ。何にも法律の知識がない人が「今日から弁護士になります!」って、無理じゃないですか。でも料理なら、「よし、今日はイタリアンシェフになろう!」とか、「メキシコ人になってタコスをつくろう!」とかできるわけです。それって、めちゃくちゃ自由で楽しいと思いません?

料理で、ご機嫌に生きる人がたくさんいる未来を

-書いていただいたプロフでは、「お家の料理は『やらなくてはいけないもの』から『やりたいこと』に変わっていくべき」と書いていますね。

山口 そうですね。現代人ってどんどん忙しくなっていて、このままいくと、料理人口はどんどん減るはずです。50年先か100年先に「昔の人って、料理してたらしいよ」みたいな状況になることだってあり得ます。

だって、みんな忙しいじゃないですか。たとえば1日8時間働いて、通勤が2時間、睡眠が8時間だとして、残るのは6時間なわけですよね。その6時間をなにに使うかといったら、Netflix とか YouTube とかゲームとか、面白いコンテンツが山ほどあるから、そっちに時間を割きたくなるのは当然な気がするんです。

でも私は、料理という営みに、そうしたコンテンツにはない豊かさを感じています。それは、最初に言ったように、自分でなにかをつくりだす楽しさや、生きていることの手応えを感じることの喜びを感じることができるからです。

そうした豊かさを、一人でも多くの方に体感して欲しい。そして50年先か100年先に、料理をすることでご機嫌に生きる人がたくさんいる未来をつくりたい。

そんなことを思いながら、みんなの自炊のファーストステップをつくる活動に取り組んでいるんです。

 

(執筆・撮影:山中康司)

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